自分の心の火が揺らついているとそれを整え直すのに「他」の「火」にあたりにいきたくなるもの。民俗学では「旅」を「他火」と書くそうだ。そんな「他」の「火」にあたりながら考察する「夢多(ムダ)」の多い日誌。


by agtec
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●100万分の1の奇跡
4年前の4月。まだ雪も残る北海道。何度か仕事で訪れていた札幌の町並みを思い出すようにオイラは札幌大通公園をひとりぼんやり歩いていた。
「いや~。なつかしいなぁ。サッポロという町を今歩いている。この澄んだ北海道ならではの空気。この雪。なんともいえぬこの4月と思えない寒さ。いや、懐かしい。」
実は、2001年3月。趣味で続けていた音楽を本気でやってみたいと勤めていた出版社を退職。普通プロへの近道として音楽の活動拠点は東京なのに・・・とよく言われるが、たまたま北海道旭川での仕事のとき、偶然知り合った音楽関係者が旭川におり、その方を頼ってひとり上京というよりは思わず北海道に上陸してしまった。マイカーにてフェリーで小樽に入港。一路旭川に向かう途中、仕事で何度か訪れていた札幌に寄ってみたのだ。
「ん?やけに背の高ぇやつが歩いてくるなぁ・・・。なんか重たそうな機材もってるし。」
別に、その人物を気にして歩いていたわけではないが、普通に歩いている人よりも背が飛びぬけており、勝手にオイラの視線に入ってしまっていた。オイラの「札幌ふらり途中下車」の目標は大通公園を歩いてとりあえずテレビ塔まで行ってみようと思っていただけだったが、気付けばその人物に焦点を当てながら大通公園の歩道を東に歩いていた。その人物もオイラの方向に向かって歩いてきているわけである。
「ちょっとまてよ。似てる。」
その人物により焦点を当てながら歩いていた。
「あいつも札幌にいるって言ってたよな。まさか。」
本人だと確認できるまではそれから時間はかからなかった。お互い遠くからもはやにやけていた。会話をするのに十分な距離まできたとき、オイラたちはハモった。
「何やってんのよ。」
黒澤である。

●黒澤とのギターユニット「サングラーズ」
黒澤とは、大学時代の同級生で、学科は違ったが同じアパートで同じ音楽サークルの仲間だった。出身も隣同士の県でもあり気も合っていた(はず?)。黒澤のおかげで濃い学生生活が送れたのも確かである。曲のジャンルが違っていたので、一緒にバンドを組むことはなかったが、お互いアコースティックギターを持っていることあり、2人だけのギターユニット「サングラーズ」を作り、学園祭やイベントで唄っていた。ちなみに、「サングラーズ」とは酔っ払った勢いでつけたユニット名で、当時黒澤は何かについて「サングラス」をつけており、オイラも調子に乗って練習のときとか「サングラス」をして、ちょっとは格好良いロッカーだーみたいな感じで夜更けから朝方まで練習していた。2人とも「サングラスかけてライブで出よーぜ」と勢いでサングラスの複数系みたいな感じで「サングラーズ」と簡単に命名したわけである。やっていたジャンルといえば、しんみり大人の落ち着いた感じの曲のコピーだったり、そのとき旬だった邦楽のPOPをやってみたり、オリジナルでお笑い系の曲を作ってみたりとなんやかんやと唄っていた。
冒頭で「背の高いやつが・・・」と書いたが、こいつは背がでかい。オイラが小さいというのもあるかもしれないが、また、唄もうまく、もっぱらギターを奏でていたのはオイラのほうで、いつしか女の子のファンも出来たようだが、オイラには「ギター上手かったよ」くらいの声しかかえられなく、意味もなく悔しがっていた。
黒澤との思い出話は話せば書ききれなくなるので、続きはまた別の機会に。

●「ギター」から「カメラ」に人生の武器を持ち替えた
そんな黒澤も、学生時代後半あたりから以前から趣味だった写真に(写真が趣味だったというのは大学4年になってから。ホントにコイツを知っていたのかオイラは?と疑いたくなるが突然だった印象があった)、いつの間にか武器を「ギター」から「カメラ」に持ち替えた。
卒業後、自分はフリーのカメラマンになるんだと、札幌でカメラの修行を積んでいた。
その矢先、誰にも北海道に行くなんて行ってなかったオイラが北海道に上陸したその日に、札幌の人口100万人分の1の確率で、黒澤と偶然出会ったのである。オイラが女性ならば、「運命的な出会いね」と恋に落ちるようなシチュエーションであった。a0064927_17155122.jpg
こんなブログを投稿したのは、そんな黒澤も、本当のプロのカメラマンになると言って昨日11月15日。札幌をあとにして、東京に旅立ったのである。

●進む道は違うけれど・・・
オイラも体験観光の分野で仕事をしているが、この手の仕事はどうなればプロかという明確なものがないので難しいが、ひとりでも多くのみなさんにありのままの北海道を味わってもらえるように日々努力をしているわけで・・・。
カメラの分野は得手でないので、写真のプロとはどういうものかオイラもよく分からないが、

黒沢よ!進む道は違うけれど、東京でいっぱしのカメラマンになって、今度はオイラをバシッと撮ってくれ!

黒澤の作品がみられるブログ「くろふぉとろーぐ」こちら

●追伸
音楽をやるために北海道に上陸したオイラだったが、これまで学んできた農業・農村の活性化というものに興味があり、今ではこの仕事に落ち着いてしまった。黒澤と一緒だな。音楽ももちろんバンドをつくって真剣に取り組んではいるけどね。
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# by agtec | 2005-11-16 23:01 | ●今日の他火人さん
 本日2005年11月15日、21:15~、なんと旭川の「旭山動物園」がNHKの番組「プロジェクトX」になって放映される。一時は廃園の危機に陥った旭山動物園。ところが、今では全国一の入園者数を誇るまでの有名な動物園になった。何がそうさせたのか。パンダのような珍しい動物がいるわけでもない。確かに日本最北の動物園でもあるが、それだけでここまで有名になる要素は少ない。まぁ、今さら言うまでもなく、みなさんご存知のように動物園の見せ方に答えがあった。いわゆるこれまでの姿、形を見せる「形態展示」ではなく「鳥は、空を飛んでこそ鳥だ(小菅園長)」と、鳥が自由に飛ぶ能力や自然の鳥の姿を観察できるように園内に大きな鳥カゴをつくって人間がその中に入っていく「行動展示」重視の施設をつくったのは今から8年前の1997年9月。動物園の運命をかけた「行動展示」がスタートした元年。それからの軌跡はいうまでもない。「動物本来の姿や動き、当たり前の自然の姿を伝えたい」という小菅園長の熱い思いがそこにある。

●食卓と畑が遠い
 動物園の話が長くなったが、普段の当たり前のもの・・・、これは、動物だけでなく、われわれの生活の中にもあてはまることがある。中でも毎日欠かせない「食」の分野に関しては顕著だ。
 近年、遺伝子組み換えやBSE、鳥インフルエンザなどの食の問題が叫ばれている中、今まで当たり前のように地元の野菜を工夫して保存、料理して家族の食卓へ出すということができにくくなってきた。統計から見れば北海道は農業王国と言われ、自給率も180%あるが、その土地でとれたものは殆ど地場には流れない。すぐ隣の畑で栽培されているものが、違う場所で消費されているというおかしな食の流れがある。その殆どは札幌をはじめ、大都市を経由し首都圏方面に流れているのである。
 旭山動物園から車で10分。ここ、東川町は道内屈指のお米の産地で農業の町である。しかし、この一見豊かな農村部においても、このような食の流れがあるのは否めない。
 
●第1回食発ひがしかわから得られたおかあさんの知恵や技 
a0064927_1901468.jpg そんな中、地域の食をもう一度見直し、食卓と畑の距離を縮め、これまで培ってきた「食の知恵や技」から地域の食文化という宝の掘り起こしをしてみたらどうだろうと思い立った。地域のもつ魅力を再発見できないか。地元のおかあさん方に呼びかけて、特に東北各地で行われている「食の祭典」を参考に、東川町の普段の食卓を一同に集め「食」からいろんな思いを「発」っしていこうと、「食発ひがしかわ」というイベントをアグリテック主催で開催する運びとなった。
 第1回は、2004年の4月。北海道の長い冬も終わりかけのこの時期、もちろん旬の野菜は殆どない。なぜこの時期だったのか。 イベント開催を思い立ったのが2月。オイラが担当だったのが間違いだった。オイラはどちらかというとすぐ行動してしまうタイプのようで、やるならすぐやってみたいと企画して動き出してみたら食材の少ない4月開催になってしまったという裏話がある。
 イベントの趣旨を説明しながら、地域の農家のおかあさん方をはじめ、商工会のおかあさん方に「普段の家庭料理を一同に集めたイベントを開催したい!」と出品依頼にまわったが、この時期食材が何もないのは当然だし、「普段の料理?恥ずかしくて出せるわけないでしょ」と門前払いさせられたおかあさん方も少なくない。まぁ無理もない。
 しかしなんとか、40名のおかあさん方が協力してくださり、なんと約70品もの料理が会場に並んだ。ニンジンやダイコンなど、今採れたような食材の料理もあったが、それらにはなんと雪国ならでは雪中保存という知恵があった。なんにもないどころか、地元の食材を使った料理が殆どで、会場に集まったみなさんも驚いていた。食材が何もないと思っていた4月に開催したことは結果的におかあさん方や地域のもつ「食」のパワーを見せ付けられたことになった。
※この続きは、アグリテックHP「食発ひがしかわ」でまとめてあります。持ち寄られた料理も写真で公開しています。

●当たり前の凄さ 
 地域活性化やまちづくりの席では必ず「なんにもない」という言葉が社交辞令のようにいつも飛び交う。しかし、自分の暮らしている足元をのぞくと、普段の当たり前の暮らしの中に素晴らしい何かがある。旭山動物園も、飼育係りでしかわからない動物の本来の姿を、「行動展示」という手法で、動物本来の当たり前の姿を見せ、多くの来園者を迎えている。動物園再興のキーワードは「当たり前」の本来の姿だった。動物園もそうだが、「食」においても、それ以外においても、これまで培ってきた普段の当たり前の知恵や技を、ほんものの新しい地域資源に変えて、より豊かな地域として次世代に引き継いでいけるような活動をしていきたい。

このカテゴリーでは、そんな地域の食の達人たちを紹介していきます。
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# by agtec | 2005-11-15 20:23 | ●食育・食農教育コラム
いよいよ山間部だけではなく平地にも雪が積もってきた。まだ降っては溶けて、溶けては降っての繰り返しだが、この11月中旬の天候は怖い。昨日は暖かかったなぁと思うと、今日は白銀の世界。 そんなこんなで雪が積もっていくわけだが、ブラックアイスバーンという路面凍結の恐怖もいつおとづれてもおかしくない時期。というわけで、この週末はスタッドレスタイヤに履き替える光景があちこちでみかけられた。そういうオイラも日曜日に履き替えた。タイヤ交換は北海道の風物詩のひとつといっても過言ではないと思う。

●クラフト街道a0064927_1929859.jpg
さて、ブログを発信している場所東川町。会社の事務所もこの町にあるのだが、東川町は実はアーティストの町でもある。町内には多くの写真家や陶芸、家具、クラフト作家が在住し創作活動を展開している。中でも「岐登牛(キトウシ)」地区は多様な作家さんが集中しており、写真のように「クラフト街道」と呼ばれている。その殆どは、創作活動だけでなくアトリエと併設してギャラリーを構えており、愛好家や旅行者が気軽に立ち寄れるようになっている。
 クラフト街道には、木工クラフトの「鈴木工房」や、陶芸の「理想夢工房」、おそらく道内唯一の木象嵌作家であろう「相和工房」。街道をさらに奥に進めば、廃校を利用した「北の住まい設計社」の家具工房がある。これらの各工房やギャラリーについては、この「地域の他火人(創作編)」カテゴリー内にて追って詳しく紹介していきますのでよろしくお願いします。

●オーダーメイドの創作活動
 そもそもなんでこんなに多くのアーティストがこの東川町を拠点に活動を行っているのか。東川町はもともと豊かな森林資源を背景に発展してきた旭川家具の一翼を担う家具・木工の町でもあり、町内には昔から家具メーカーや個人事業者も多くいた。しかし、バブル崩壊の大打撃の影響もあったが、それぞれ積み上げてきた職人の高い技術と、北海道の開拓の精神を背景に今もなお、数は減ったものの家具・工芸の町として健在である。
 そんな各メーカーで共通するのはオーダーの対応。オイラが携わっている体験旅行もそうだけど、われわれ消費する側が個人志向の目的重視に変わってきたこと。つまりオーダーメイドの「only-One」を求めている。それにあわせてメーカーも個人向けの対応を惜しまずやってきた。同じ家具でも全く違う、自分だけの家具。求めるものが多様化すれば、メーカーも多様化する。いつしか、さまざまな作家のいる町として知らず注目も浴びるようになった。また、点在しているメーカーは大きな会社もあるが、殆どが個人事業主が多い。自分のやれる範囲で仕事をしている。生き残っていくには、大量販売大量生産ではなく、少量多品目を実現しているのである。

●移住者
 それぞれの作家さんたちの中に共通点をもうひとつあげるとすれば、町外や道外からの移住者による作家が多いということ。後に紹介していくが、隣旭川市から東川町に移住して活動を行っている方や、関東から移住してこられた方もいる。車で30分のお隣の旭川市出身の作家さんに聞くところによると、「大雪山麓に位置する東川町は、豊かな自然も多く、創作活動に没頭できる」地域なんだとか。確かにアトリエは森に囲まれ、鳥のさえずりはもちろんエゾリスなんかも顔を出し、何かに集中するには適している。作品にもその豊かな自然をモチーフにしたデザインやアイディアも盛り込まれ温かみのある作品が多い。

 クラフト街道をはじめ北海道は、これから厳しい冬を迎えるが、それぞれの作家さんたちが手がける作品は暖炉の火のような温かみが伝わってくる。
 
 次回は、クラフト街道にあるギャラリーのひとつ、陶芸の「理想夢(りぞうむ)工房」をご紹介します。
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# by agtec | 2005-11-14 21:12 | ●体験観光レポート
 体験型観光の仕事を通した日々の出会いや交流を、中田ヒロヤスが勝手に思うことを文章化していくブログ。
 気になるブログのタイトルも「夢多歩記」と書いて「むだあるき」と読ませる強引さ。今日からスタートしてみます。気ままな日誌と思って読んでいただければなぁと思います。「むだあるき」が「無駄あがき」にならないよう頑張ります。よろしくお願いします。
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 こんなブログの発信場所はというと北海道の最高峰の山「旭岳」のふもと東川町。写真は事務所近辺からの最近の旭岳の様子です。今年は雪が降るのが平年より遅いようですが、さすが旭岳。初冠雪から頂上のほうは寝雪状態。こんなところからお届けしていきますという意味も含めて写真をUPしました。ここ旭岳を含む大雪山系の山麓地域にて体験型観光のお仕事をしています。会社のHPも今リニューアル中だけど是非遊びにきてみてください。

 さて、最初に何を書こうかと思ってもう長々書いてしまいましたが、初ブログ投稿日がなんと11月11日とぞろ目の日。こういうぞろ目の日は、けっこう「○○の日」とかって記念日なんかになりやすい日だろうなと思って調べてみたら、やっぱりあるんだなこれが。

いくつかあげてみると・・・

●世界平和記念日
 →第1次世界大戦が終結した日なんだって。ヨーロッパはではこの日は祝日が多い。

●電池記念日
 →電池工業会が1987年に、「電池についての正しい知識と理解を広め、常に正しく使ってもらおう」と乾電池の+-を「十一」にみたてて制定したそうだ。ちなみに今日から1ヶ月間は「電池月間」。

 ほかにも、いろいろあったが、11人対11人で行うスポーツということでスポーツメーカーのミズノが「サッカーの日」として制定したり、「鮭」の「圭」の字が「十一・十一」に見えることから「鮭の日」(築地市場北洋物産会・新潟県村上市)、きりたんぽが囲炉裏で焼かれている様子が「1111」に見えることから「きりたんぽの日」(かづのきりたんぽ倶楽部)、似たようにもやしや煙突も同じような意味で「もやしの日」「煙突の日」などいろいろだ。

 もしオイラがつけるとしたら、身の上話だが愚痴ばっかり言う友達がいるんだけど、それがいちいち、いちいちうるさいんだなこれが。「いちいち(11)、いちいち(11)うるさい・・・・」。「うるさい日」なんてどうかな。
 でも、今日は初投稿ということもあって、「いい日×2(11×11)」ということで、「いい日」に制定!!世界平和記念日ということもあり、ホントに平和な「いい日」が続いてくれればと思う・・・。

 こんな調子です。よろしくお願いします。
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# by agtec | 2005-11-11 20:26 | ●初書き込みの辞