自分の心の火が揺らついているとそれを整え直すのに「他」の「火」にあたりにいきたくなるもの。民俗学では「旅」を「他火」と書くそうだ。そんな「他」の「火」にあたりながら考察する「夢多(ムダ)」の多い日誌。


by agtec
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カテゴリ:●オイラのひとり言( 87 )

緑色した卵「GreenEggs」

 先日、雑誌の取材のお仕事で岩手県に行ったときに、地元のかあちゃんたちが出しているいわゆる農産物直売所に立ち寄ってみたんだけど、そこで珍しいものに出くわした。
 なんと!殻が緑色した卵、名づけて「GreenEggs」・・・「ってそのまま英訳しただけかいっ!」って思わずツッコむことも忘れてしまい気付けば手にとって購入していた。10個入り300円也。

 どうやら、自然農法を営む養鶏農家さんのようで、ニワトリさんにカボチャの皮や、ホウレンソウなど、自家製の無農薬の緑黄食野菜を食べさせているようで、直売所の売り場の棚にはそんなようなことが書いてあるPOPが貼られていた。

 食べるもので、こんなにも色が変わるのかいって半信半疑ではあるが、その日、実家のお土産にでもと新幹線に揺られながら割らないように割らないようにと持ち帰って、もちろん食べてみることにした(あ、そうそう、急に「実家」が出てきたのでなんだ?とお思いの方もいるかと思いますが、この出張はブログが滞ってた間に行っておりまして、久しぶりに栃木の実家にも顔を出してきたときでありました)。
 で、うちのかあちゃんがそれならばと、すき焼きを準備してくださいまして、すき焼きの溶き卵として味見をしたわけなんだけど、すき焼きの肉や野菜が入ってしまったら、卵の本来の味も当然分からないので、その前に卵だけで試食する。あんまり卵をそのまま食べるのは苦手なのだが、ひょろっと口に入れてみた。
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 確かにスーパーで売っている普通の卵とは味がまったく違う。味が違うって書くと誤解があるといけないので、濃厚な味っていう表現がいいのかもしれない。味(味覚)はいたって普通の卵とさほど変わらなかったから(いや、オイラの舌がそんなに敏感ではないのか?)。そして、見ため的にいえば白身のところも緑がかっている気がするのもオイラだけだろうか。みなさんは上の写真見てどう?オイラの実家は農家なんだけど、とうちゃんもかあちゃんも、「不思議だな~」と興味深々って感じだった。

 どうしてこうなるかは、ネットとかで調べてもよくわからない。あるWebサイトにはニワトリさんの種類にもよるみたいなことも書いてあったけど。北海道にもあるのだろうか。この色のつき方とか、北海道にもあるよって知っている人がいれば、教えてくださいな。

 と、いうわけで、そんな話をしていたら、すき焼きもちょうど食べごろになってきたので、取材が終わって遅くに帰ってきたこともあって、まずは腹ごしらえとGreenEggsにお肉を絡めながら、久しぶりに家族で食卓を囲んできた。で、いつの間にか「GreenEggs」の話から「まったくあんたはいつ結婚すんの?!」という、オイラの身の上話に話題はすっかりすり変えられてしまっていた・・・。

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by agtec | 2007-06-27 23:49 | ●オイラのひとり言
 企画を考えたり雑誌の原稿書きなんかやっていると、たいてい提出期限や締め切りギリギリまで切羽詰まるところまでこないとペンが走らないなんてことがよくある。
 だから、昨日の続きで、要領が悪く、才能もないなんて思っちゃったりもするんだけど(いや、実はそれが正解なのかもしれないが)、たとえば、全体の仕事が完結した状態を「10」とすると、「10」に積み上げていくこともエネルギーと苦労が必要なのだが、むしろ「10」にするための第1歩である「0」を「1」にするときのエネルギーのほうがはるかに大きい気がする。「1」にさえなってしまえば、実は「2」から「3」、「3」から「4」とその先は、ある程度の技術(知識)やノウハウで、結構すんなり「9.8」ぐらいまでいってしまうものである。

 毎日書いてるこのブログも(って最近ず~と書いてなかったくせに・・・)、ある意味「0」を「1」にする訓練のつもりで書いてたりもするんだけど、当然このようなデスクワーク的な作業に限ったことではない。

 オイラの会社のお仕事は、体験型観光のコーディネートの仕事をしているわけなんだけど、近年の田舎志向や癒しやゆとり、食育などライフスタイルの変化に応じて、旅行者のニーズが体験志向に変わりつつある・・・って話は、何度も書いているのでご存知だとは思うけど、特に修学旅行などの団体の教育旅行も体験型旅行に変化しつつあり、中でも農業体験や自然体験など、地元の人との交流体験といった需要が多い。
 しかし、需要があっても、それを受け入れるだけのキャパや体制がまだまだこのあたりは整備されていない。ま、それを意識的に整えていく仕事もオイラの会社で担っているわけなんだけどね。

 昨今のこのような都市と農村の交流活動は、一時的なものではなく、必然的に永続的な取り組みになるであろうと自負している。つまり、都市側の要求にただ応えるだけのものではなく、農村側(地方)も、地域活性化と経済的効果もそうだが、何よりも住んでいてよかったなぁと自分の住んでいる地域の魅力を再発見し、より豊かな地域づくりに発展していけるのである。そして、体験する側も迎え入れる側も双方が何かしらの関わりを持つことにより、お互いが自分自身の生き方や魅力、誇りに気付くことにもなりそこに感動が生まれる。
 さもなければ、これをただ需要に合わせただけのサービスで完結させてしまえば、結局はただのブームだけで終わってしまう。だったら、オイラは「0」を「1」にする莫大なエネルギーなんていらないのかもしれない。

 と、なんかお固く書いてしまったが、今日のタイトルテーマに戻るけど、このような受け入れ体制もやっぱり「0」からのお仕事なのである。おかげさまでおひざもとの地域では受け入れ体制が徐々にではあるが整いつつあり、それがほかの地域でも徐々に広がりをみせている。「0」を「1」にするのに、3年もかかった。何も分からないままはじめたこの3年間で、ノウハウを累積させていただいたので、「1」を「2」へ、「2」を「3」へしていくのは、それとなく培ったノウハウでトントントン・・・といった具合に早い。

 違うコトバで言えば、「何もないところから始める」ってことなんだけど、そこに費やすエネルギーは図りしれないものがあり、同時にたいへんな苦労や困難という壁がふさぎかかる。これをいかにして乗り越えるか、プロの企画マンとしてはこの部分を問われることでもあるし、逆に面白い部分でもある。なんとか、「0」のままにならないよう頑張ろう!

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by agtec | 2007-06-26 21:10 | ●オイラのひとり言
はい、みなさま。
大変たいへんご無沙汰しておりました。
お元気ですか?
なんとかオイラもお元気です。

・・・というわけで、堂々の「更新しなかった記録」第2位という、1ヶ月半もの期間でムダ話が滞ってしまった。

前回の記事が、ゴールデンウィーク明けの記事で、休み明けから「焦りモード」なんてタイトルになっているもんだから、読む人が読めば、「ブログが更新もされずにいるということは、中田はホントに焦っているんだろうな」と、思ってくれちゃったりもしていただけたのではないかなぁとも思うところなんだけど、まさに「その通り!(児玉清風に読みたい人は勝手に声にして言ってみよう)」ってな具合で、「でもブログが更新されてない期間が長いので、いくらなんでもちょっと焦り過ぎなんじゃない」って思っている方もいるかもしれないけど、ホントに毎日一生懸命な汗よりはむしろ「冷や汗」をかいていたのが現状で、ゴールデンウィークの休日出勤の成果はなんだったんだと、「読点(。)」も使わず思わず一気に書いてしまうくらい「一呼吸」おくひまもなかった先週までのこの頃。ふぅ~。それでも、まだまだおかげさまでお仕事は忙しいのでございます。

この間何をやってたかといと、農業体験型修学旅行の手配調整にはじまり、今年度の新しい事業の企画書つくり、農特産品の商材開発と開拓、そしてライターのお仕事などなど、分担しながらやれればいいのだが、特に企画書やライターのお仕事なんかは、自分の頭ん中に作業所があるもんだから、なかなか「コレお願いね」なんてことは難しいよね。

やっぱり要領が悪いというのか、才能がないというのか、文才がないというのか・・・、ないないづくしのオイラである。

明日からは、また頑張って継続的に更新していいきますので、明日にまたお読みにかかりましょう~、ということでよろしくお願いします。

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by agtec | 2007-06-25 19:21 | ●オイラのひとり言
いや~、連休はみなさまいかがでしたか?
お休みボケでお仕事がなまってしまったって方もいたりして?
でも、あっちこっち行楽に出かけられた方はお土産交換とかして、
連休中の楽しみのおすそわけをしている光景が目に浮かぶ。

というオイラは会社は休みだったのだが、
連日のオイラの日誌からも分かるように、
やれることはやっておこうとどこにも行かずに職場にいりびたっていたのだが、
どうやらいっぱい時間あると勘違いしてただけなのか、
まったく進むものも進まず、改めて自分の要領の悪さにビックリしています。
そんなんなら、しっかり休んでおけばよかった~なんて後悔もしたりしてね。

と、いうわけで、焦りモード限界で今日も気づけばこんな時間に。
明日もなんとか頑張りましょう!と、自分への「励ましひとり言」でした。


↓今日5月7日は、5(こ)7(な)で「粉の日」なんだって。知ってた?
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by agtec | 2007-05-07 22:41 | ●オイラのひとり言
※読む前に注意
今回の「ひとり言」は少し長いかもしれないけどGW暇で物好きな方はお付き合い下さい。

いつもの自虐的なマクラ文
 GW後半戦。みなさまいかがお過ごしでしょうか?前回の第1回に引き続き、連載第2回目です(第1回目の退屈な文章ははこちら)。この連載は、GWどこにも行くあてのないオイラが、たまには(いつもだけど)どこにも行かずのんびり過ごすのもいいんじゃないと思ってただ書いているだけなんだけど、「どこにも行かずに」のコトバの中には実はオイラの私情の入る余地はまったくなく、むしろ「どこにも行けない(行っている余裕はない)」と言ったほうが適当で、要領の悪いオイラには連休明けを迎えるにあたって多くの仕事が山積みなわけで、この休みを利用してはやれることはやっちまおうと、職場にてのんびり残業をしている合間に書いているムダな退屈なコラムです。
・・・ということをご了承いただきながら、前回の告知通り、昭和の日の話の続き的な意味合いで第2回目は、特に戦後昭和の原動力「団塊世代」についてちょろっと。ただ、団塊世代の話題といっても幅広く近年そんな話題もマスコミやメディアを通して多く語られているので深くはつっこまないが、仕事柄、都市と農村の交流活動をしているオイラとしてみれば、舞台の主軸を農村の切り口にして、しばしムダ話を書いてみよう。

農村から都会へ人口を吸収
 昭和の日について前回書いたけど、昭和の64年間は激動と復興と躍動といろんな出来事がおこった。平和について考えるときに振り返る時代としてオイラは捉えたいね。こういってブログなどに自由にオイラの退屈な痴話を言えるようになったのも戦後の復興と憲法の位置付けも大きいのだが、その戦後復興のあとの躍動の時代をつくってきた働き盛りがいわゆる「団塊の世代」たち。マーケティングとかの定義によれば、昭和22年~昭和24年生まれの世代を差すようで、800万人とも言われている。「団塊の世代」を生んだ親の世代は戦いの場を戦場から国土再建の現場に変え戦後復興に力を注ぎ、東京オリンピックに代表されるように高度経済成長期をつくっていった。そんな中、働き手が必要な都会は、戦場から戻ってたくさん子供を産んで育てた青年期になった「団塊の世代」をどんどん地方から集団就職させていった。
 一方、その背景のひとつには戦後の農村の大きな改革もあった。これまで小作として地主の畑を耕していた農民が農地をあてがわれ、自分の農地となったことで自作できるようになった。いわゆる「農地改革(農地解放)」だ。もちろん生産意欲がかきたてられ、日本農業は増産の時代を迎えた。そんな中、農家の跡取りにおいても、もっぱら古くから長男坊と慣わしになっていたが、本人の意思に関係なく長男坊があとを継ぐというような時代でもなくなり、さらに次男坊、三男坊は長男家に従属的労働に従事するか、他家の労働に行くという拘束的選択からも解放され、「団塊の世代」である青年たちは、自身の意思のもと都会へ出稼ぎに行く道も自由にされた。先に述べた地方から都会への集団就職の最初の青年たちでもあったろう。

「団塊世代」が「団塊ジュニア」を生みはじめる時代
 東京オリンピックも終わり、まさに復興とはこのことかと’60年代後半から’70年代にかけていろんな娯楽やファッションなどのブームメントが巻き起こった。そう、都会へ働き口を求めに行った当時20代の多感な時期の「団塊世代」を中心にね。当然オイラはTVでしかしらないけど、学生を中心にした全共闘運動とかの時代でもあり、いつの時代も20代というのはホントに勢いがあるもんだ。
 そんな中、前回思わず部屋の片付けの途中唄うのに夢中になってしまったフォークソングは、この’60年代から’70年代のものが多く、このような背景からなのか、なんかメッセージ性のある歌詞が多くてね、反戦的唄とか、貧乏的な唄とか、好きだという思いを強く出す歌とか、ま、唄いながらちょっと恥ずかしくなるような歌もあったんだけど、今にないストレートな歌詞が唄うのを夢中にさせたのかもしれないね。
 そんな多感な時期を迎えた青年たちは、親もとを離れて自分で喰っていける環境も整いはじめると、やがて家庭を持ち、子供をもうける。この’70年代の中期オイラが生まれる。オイラたちはいわゆる第2次ベビーブームとか最近では「団塊ジュニア」とかとも言われている。さらに、まさか、この生まれて間もないオイラたちが成人して社会に出る頃には、「団塊の世代」の青年期とはまったく違う「ロストジェネレーション」世代と呼ばれるようになっているとは当時生まれたばかりでかわいい顔をしていたオイラには当然思いもよらなかったけどね。

高度経済成長期終わりから現在
 ところで時代は少し戻るが、一方農村ではというと、農地改革以降、高度経済成長の中、1961年に農業界の憲法とも言うべき「農業基本法」が制定され、農業の近代化が図られていった。
 ’70年代にもなると耕地を耕すのも牛ではなく機械に変わり、肥料も堆肥から化学肥料が使われはじめ、もっと効率的で収益性のある農法が確立されながら経済的な農業として発展していった。生産性もあがり農家所得も向上していったものの、とりわけ米つくりに関しては田植えや稲刈り時期などを除けば管理作業も簡略化されたことから出稼ぎなど兼業化した農家も増え、また機械化により人手があまりはじめると都会への労働力として農村から若者の流出を加速させ、現在に見る後継者不足の引き金になっていった。
 また経済最優先により家族をもった青年たちが暮らす住宅不足などから、都市近郊には核家族向けの団地が形成されながら農村社会にはその経済的発展の格差的波は押し寄せ、農地を転用し住宅地やそれを囲むように商業施設などが立ち並ぶようになり名前ばかりの農村の近代化ともいうべき都市化にもつながっていった。
 そしていよいよ経済的に世の中が潤ってくると日本の食文化も欧米化に変わっていき、お米の需要は下がりはじめ、お米が生産過剰になってくれば、今度は米づくりに制限をかけはじめた。いわゆる「減反政策」である。しかし、’70年代後半、世の中全体がオイルショックを経験して、経済発展は一時深呼吸。そしてこの危機を乗り越えると、いよいよ80年代後半バブル景気がはじまり、あとは述べなくとも都市も農村も現在にいたっていく。

都市へ行った若者と農村へ残った若者
 バブル景気がはじまった頃、世の中の景気を動かしていた世代は働き盛りの「団塊の世代」だ。’90年代バブルがはじけ不況をひきづりなかがらも、最近ではミニバブルだといって勘違いしている格差社会にもなってはいるが、そんな時代を生きてきた「団塊の世代」は今年大量退職元年を迎えている。
 かつて、農村から都会へ行った若者は、都会から農村へ帰る段取りをしているという。いわゆるふるさと回帰だ。しかし、定年退職期を迎えた「団塊の世代」は、生まれ故郷には実家を継いでいる兄弟がいたり、両親ももう亡くなっっていたりと帰るべきふるさとがないという。
 そんな中、第2の人生を新天地でと農村移住の傾向が増えているともいう。農村にとっては迷惑な話だ。自身の意思でふるさとを出て行って、仕事がなくなったから農村へ帰ってくる。農村を守ってきた我々にとっては、帰ってくるために生産活動や農村社会を維持してきたわけではない。とでも、農村側の本音はそうかもしれない。しかし、農村も後継者不足、高齢化、過疎など様々な問題を抱えている。企業で培ったノウハウを農村に持って帰ってきて活性化につなげたいという希望もあり、団塊の世代向けに都市と農村の交流活動は近年広まってきている。

「団塊世代」のキーワード?
 さて、上っ面なことをだらだら書いてはきたものの、何がいいたいかというと、「団塊世代」のキーワードは「自分探し」だということ。
 自分の意志で都会へ行った青年もそうでない青年も、’60年代~’70年代の戦後の世の中の仕組みづくりに関わりながらもその秩序に対する不安や怒りを学生運動やフォークソングに込め、自由な時代だと確認しながら流行や娯楽を生み出してきた。日本有史上、身分もなければ政治的に弾圧もない民主的な自由な世の中を迎えた若者には、お手本にする過去の日本の20代像はどこにもなく、ビートルズが正解なのか、スクリーンの中の植木等のようないい加減さがいいのか、何が正しいか定かでない新しい世の中、自分が自分であることを確かめるためにさまざまな流行や娯楽をつくっていったのかもしれない。
 学生運動も、別に共産的に世の中をひっくり返そうとかいうクーデター的なものではなかったのも、むしろ、「革命」や「闘争」といった概念が一種のファッションだったと当時の出来事を振り返ったTV番組などを見たこともある。実はその中で、自分という存在を確かめたかったのではないかと思うんだ。

 無論、都会へ行かなかった農村青年も、これまでの小作人とは違い自分の農地を自作するという「農業の仕事」として生業となった途端、農地改革→増産→所得向上の時代→減反→となったあたりから親から「農業」をバトンタッチした戦後農業の2代目となった。そして自分の意思で農業を選んだ以上、減反以降の厳しい農政でありながらも、個性的・独創的な営農や販売方法などを模索しながら、「農業のよさ」「おもしろさ」を自分自身の生き方に照らし合わせながら自分自身の確認をしてきたと思う。そして今、当時若者だった農村の団塊世代は、戦後農業の3代目として団塊ジュニア世代にバトンタッチしようとしている。
 
 この団塊世代の若者が、今定年を迎える時代となって、新たに都市へ行った当時の若者と、農村に残った当時の若者が手を結びながらも、尚、自分の第2の人生を探しはじめている。「団塊の世代」という言葉通り日本の人口でイチバン多い世代だから、最近夢よもう一度みたいな昭和回帰的なつかしい話題も頻繁にメディアとかにも露出しているように見えるが、もしかしたら、’60年代~70年代のような現代版「自分探し」をしているのかもしれない。

 昨日、栃木のオイラの実家ではあるパーティが開かれていた。オイラは如何せん居残り残業のため実家に帰省はできなかったのだが、そのパーティーとは親父の「還暦」パーティーだ。還暦とは干支が一巡して、自分の干支に戻ることを言うそうで、再び生まれた時に還るという意味合いがあるともいう。親父も新たな「自分探し」がスタートするかもしれない。
 
 ***********************************
 
 とまぁ、ホントに長々と退屈な文章で書いてしまったが、「自分探し」というキーワードは今では当たり前のような感もする。しかし、当時若者だった「団塊の世代」は、まさにその先がけの世代であったかもしれないね。
 さて、次回は最終回。このコラムのタイトルがなぜ「たまにはフォークソングも唄いたくなるのさ」なのか、「団塊世代」の続き的なお話でお会いしましょう。次回も退屈なお話にお付き合いを。お楽しみに。(つづく)

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by agtec | 2007-05-04 23:47 | ●オイラのひとり言
 GW前半戦も今日で終わり。明日から行ったか行かないかも分からないような2日間だけの平日のお仕事を迎える方が多いのではないだろうか。1日2日も休みだーって人もいるかもしれないけどね。9連休の方には申し訳ないが5月病になっちゃえ!とは言ってはみたもののまったく悪意はないのであしからず。

 というわけで、今日もまったり休日残業をしており、お金もないこともあるけど、こんな休みの日でさえ最近飲みにも出ていない。こんな時間でもよければ誰か一緒に行きますか。ま、そんなんで家でも居酒屋雰囲気を味わってみようということで、今オイラのマイブームは家でつくる手作り焼き鳥だ。焼き方だのつくり方だの材料だの別に大したこだわりもない。材料だっていたってシンプル。安いセール中の鳥のモモ肉とネギさえあればOK。あ、でもネギは本州産の太い長ネギがいいね。串にかませやすいから。オイラのつくる焼き鳥はネギ間なんだな。そうそう、ついでにつくり方も書いておこうか?

1.下準備
 まずは、①ひと口大に鶏肉を切って串に差し、鶏肉の間にネギをかませて、②パラパラ~と塩・コショウをふって下準備は終わり。
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2.焼く
 魚焼くグリルでもいいんだけどガス火だから、ホントは炭火で焼いたほうがいいんだろうけど、そんなもんないからね。聞くところによると遠赤外線がどうやらいいんでしょ?というわけで、オーブントースターでいつも焼く。表面がちょろっと焦げるくらい。
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3.ハイ出来上がり
 ころ合いを見てお皿に盛れば完成。塩・コショウの味付けだけど、食べる前にちょろっと一筋くらいの醤油をかけるとより味が引き締まる。
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う~ん。これが美味いんだな。自分でつくったからもしれないけど。発泡酒のビール片手にTV見ながらこんなんでくつろぐこともしばしばある。

「しばしば」って・・・。
いやー、ブログ書きながらだんだんさびしくもなってくる今回の「オイラのひとり言」でした。

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by agtec | 2007-04-30 23:59 | ●オイラのひとり言
※読む前に注意
今回の「ひとり言」は少し長いかもしれないけどGW暇で物好きな方はお付き合い下さい。

GWとはいうもののオイラといえば・・・と、いつものマクラ文 
 昨日から突入した大型連休(GW)。今年の暦はいい具合に連休がつながり4月28日から5月6日まで9連休のところもあるようだ。ま、オイラも暦通りの休みではあるものの、たまっている仕事もあって、こういった休みの日を利用して残業をするような悪循環なことをしてしまっているのだが、如何せんひとりもんのオイラにしてみれば、行楽に行くようなお相手もいなければ家でボーッとしているよりは、むしろ少しでもやれることはやっておこうとこう自分にいいきかせながら、心身ともに有意義な休みだったという口実をつけているような気にもなってしまうのだが・・・、おっと、こんなオイラの痴話を書こうと思ったわけではない。

いろんな意義を持っているGW
 GWといえば、昭和60年に5月4日が「国民の休日」として祝日になったことをうけ(今年から5月4日は「みどりの日」)、これまで飛び飛びの休みがコトバ通りの連休となり、この時期を利用しては泊りがけの旅行をはじめ海外旅行さえもはや一般的になってきたのではないだろうか。また、学生や子供たちにとってみれば、お盆や正月同様「帰省」としての意味合いも多いかと思う。
 学生時代のオイラは、出身は栃木だけど大学が北海道だったものだから、帰省する余裕もあったんだけど、むしろ北海道を楽しむほうに重きをおいていた。また、社会人になってからは、以前勤めていた出版社では新人は約2ヶ月に渡り長野の山奥にこもり職員研修を受けるのだが、4月に入社してほぼ1ヶ月たったこの時期は、このGWを利用して一斉に休暇として開放された。全国あちこちからの採用だったので、当然実家に帰省する同期も多くオイラもそのひとりだった。結構厳しい職員研修で研修中退職を考えていた同期も少なく、帰省の際の合言葉は「絶対戻ってこような」だったことを記憶している。しかし、初任給ももらってのこの休暇。まさに地獄のような研修のあとのこの休暇はお給料ももらってまさに開放とはこのことかとも思ってしまった(もう1ヶ月地獄の研修は続くんだけどね)。
 で、上司の言う休暇の大義名分は「異業種交流をしてこい」だった。つまり、当時オイラたちは社会人1年生。世の中にはいろんな職業があるが、なぜこの出版社に入ったのか、他の人間はどういう仕事をしているのか、どういったものが社会なのかなど、要はそういった意味でひろく友人や知人にどんどん会ってこいというものなんだけど、結局オイラは4年間勤めて今の仕事に落ち着いているわけだが、残念ながらこのコトバの意味がわかったのは、退職したあとだった。今になって尚世の中はひろいと改めて痛感している。

うまくできている?日本の暦
 日本的ともいうのかこのGWは面白い。新年度は4月から、いろんな不安や期待を胸に新しい1年がはじまる。農業でもこの4月は種まきなど今年の作柄を決める重要な月でもあるし、春作業が起動にのっていく時期でもある。この連休というのは、そういった不安や期待をもう一度見直したり、考え直したりする、いわばものごとに対し一呼吸する時期なのかもしれない。必然なのか偶然なのか、うまく日本の暦は出来ている。
 しかし、逆にいえばこの時期をどう使うかによって「五月病」という魔物も潜んでいることも忘れてはいけない。実際、前職の出版社時代にもGW明けに帰ってこなかった同期がそのまま退職したり、新しい環境にうまく溶け込めなかったりしてうつ的になってしまったものなど、同期に限らずほかの友人や知人、そして今の仕事でも仕事仲間や取引先の仕事仲間にも見られる。気をつけていただきたい。

最近のオイラの休みにやるのは家でも職場でも似たようなもん
 このようにこの時期あちこち行楽に出かける人もいれば、もちろん家でのんびり過ごす人もいる。というオイラは後者だ。しかも家ではなく職場でのんびり残業って感じか。 
 といっても、休みの日を利用して決めていることもある。引越しの荷物整理だ。3月に引越してからいまだに部屋の整理もままならなく時間のあるときを見計らっては積みっぱなしのダンボールの中身を少しずつ整理している「つもり」だ。今日もそんなんでいっちょやるかーと思ってダンボールの整理をしていると、たまたま「昭和の歌謡曲」という楽譜集が出てきた。
 オイラはギター弾いたりするんだけど、大人うけする曲も弾けたほうがいいなぁと思って昔購入した楽譜集だ。今でいえばいわゆる「なつメロ」みたいな感じかもしれないけど、ジャンルで言えば「フォークソング」と言われる曲が多い。掲載アーティストには「アリス」とか「海援隊」とか「かぐや姫」、「井上陽水」「中島みゆき」とか「チューリップ」とか・・・一度はみんなも聞いたことがある代表曲がおさめられている。おもむろに整理をやめてギター片手に唄ってしまい、気が付けば今日ももう夜更けになってしまった。ちょっと夢中になりすぎた。

今日は「昭和の日」 
 掲載されている曲は時代で言えば’60年代から’70年代の曲が多いのに気が付いた。ちょうど東京オリンピック~大阪万博~オイルショックといった時代背景があり、先日亡くなった故植木等氏のようなコメディアンが現れたように、余勢はいわゆる高度経済成長期でもあった。このように、「昭和」といえば、近代ではこのような復興のイメージが多いように思われる。
 しかし、昭和という時代は日本の元号の中では最も長い64年という年数(1926年~1989年)で、日中戦争、太平洋戦争と2度の大戦と戦前と戦後の国家の主権の所在や、戦争放棄や経済的・文化的において「世界の中のニッポン」の位置付けを明確にしてきた躍動の時代でもあった。
 国土や人命を破壊するような戦乱と戦後復興はこれまでの日本の有史以来類まれない時代でもあり、この激動の時代を顧みようと2005年の改正祝日法で、旧「みどりの日」であった「昭和天皇誕生日」の4月29日を「昭和の日」とし、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」と祝日法は定義と趣旨を述べている。

「昭和の日」こそもっと平和について考える日にしたらいかが
 改めて「昭和の日」というものを考えると、確かに激動で躍動の時代ではあったが、「昭和天皇」をしのびたいような感が否めない。驚いたことに、「昭和の日普及委員会」という組織もあるようで(以前は昭和の日推進団体だったようだが)なんか昭和昭和しているような・・・。その団体がつくるHPをのぞくと、「昭和のヒーロー思い出エピソード募集」という企画があり、昭和というものを何か美化しようとしてそうであくまでオイラ個人的だが気味悪くも思う。そういえば最近映画でも「3丁目の夕日」とか「東京タワー」とか、「古き良き時代」だかなんだかいって回想的な映画も多い気がする。
 一方「美しい国」だとかなんとか言っているアべさんは、「戦後レジームからの脱却」だかなんだか、レジームなんだかラジウムなんだか分からないけど憲法改正に力を入れているよう。憲法改正の手続き準備である国民投票法案も国会を通って、今の日本のトップの人は戦後の治安体制や軍事体制については今の時代においてはどうやら大きく間違っていた見解があるという。しかし、「昭和の日」として、激動と躍動の時代を顧みるということであれば、もっと戦中に重きをおき、悲惨なことを繰り返さないというようなことを真剣にもっと考え世界に訴えていくべきだと思うけどね。まさに昭和とともに歩んでこられたオイラたちの先輩ももうかなり高年齢になっておられる。もっと耳を傾けてほしいと思う。
 この「昭和の日」もGWの一部としてただの休みの日の意識も少なくはないが、こんなことを考えてみてもいいんじゃないかなと思う「オイラのひとり言」でした。  

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 と、まぁズルズルと書いてきたが、休みだからといってどこにも行くあてもないので、それこそこのGWとなっている祝日は「昭和の日」だったり、「憲法記念日」だったりと今政治的に話題になっていることもあったりするわけで、これにちなんでみなさんには退屈な文章かもしれませんが、こんな感じのことでも何回か書いてみましょうか。ねっ。ということで、次回は「昭和の日」の続き的な意味合いで昭和躍進の原動力「団塊世代」についてです。(つづく)・・・尚、全3回シリーズでお届けします。

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by agtec | 2007-04-29 23:55 | ●オイラのひとり言

シラカバ樹液

 オイラも参加させていただいているメーリングリストの中でこんなお誘いをいただいた。
「シラカバ樹液いりませんか?」
 
 シラカバ樹液とは読んで字の如く、「シラカバ(白樺)」の木の「樹液」である。北海道の長~い冬を頑張って耐え抜いた森の木々たちは、来るべき春のために大地に染み込んだ水をどんどんどんどん根っこから吸い上げるのだ。3月から4月末くらいまでのちょうど季節変わり目の時期にしか飲むことができない北の大地からの神秘のおすそわけだ。シラカバの植生のない栃木の田舎出身のオイラにとってみれば、馴染みがまったくない旬の飲み物なので、飲んでみたい飲んでみたいと気になっていたにもかかわらず、毎年、なんだかんだいっていつもバタバタしているもんだから、この旬を逃してはまたこのシラカバ樹液情報は頭の隅っこの記憶の引き出しに戻され、再度引き出されるきっかけをただ待つことになってしまうオイラの頭の中の小さな記憶装置(ふ~っ、一気に書いてしまった)。メーリングリストのおかげで1年ぶりにこの情報が引き出され、今回はいよいよ飲むことができた。
 
 採取はどーするかというと、シラカバの幹の部分に深さ数センチの穴をドリルで開けそこからクダを伸ばし採取。写真はお誘いをいただいたメーリングリスト仲間の役場職員のSさん宅裏山のシラカバの木。3月頃から採取はできるのだが、4月中旬から末にかけてのこの時期にもなると丸1日24時間で10㍑もたまるという。また、ゴミが入らないようペットボトルを利用し、キャップに穴を開けてクダを通している。
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 「樹液」といっても想像するような「ダラ~」としたような松ヤニや蜜を連想させるようなものではなく、サラサラして無色透明の「水」に近い。でお味は、ほんの~りと甘くて、またあるデータによるといろんなミネラルも豊富に含まれているという。まさに、ミネラルウォーターそのものだ。1㍑くらいを熱して蒸発させてやると、ほんのわずかだか水あめがとれるそう(下の写真がその「シラカバ樹液」。ねっ、ホントに水のようでしょ!)。
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 調べると古来よりシラカバ樹液は漢方や健康飲料として愛飲されているそうで、日本だけでなくロシアや韓国、中国などシラカバのある地域ではこのように大自然から恵みをいただいているのだそう。最近は、化粧水や商品用の飲料としてもいろいろ利用も進んでいるらしい。
 あ、そうそう、木に穴を開けてダイジョウブ?ってみんなも思うでしょ。穴を開けたところにコルクのような栓を入れておけば自然と木自身がふさいでくれるという。上の採取している様子の写真をよく見ると、今年のクダの穴の右下となりくらいに同じような穴の大きさで黒っぽいくぼんだ点があるのが分かると思うけど、Sさんによれば昨年穴を開けたところだという。確かにきれいにふさがっていた。さらに、木は枯れないの?とも思うけど、樹液がとれるのはこの約1ヶ月の間で、いよいよ新緑を出すために相当な水が必要になってくると樹液はとれなくなるのだそう。
 
 いや~、オイラの事務所の裏は実はシラカバの林になっているんだけど、簡単に採取できるので自分でもやってみようといつもいつも思っていながら、冒頭のように気付けばいつもその旬を過ぎているのである。今回Sさんにいっぱいもらったので、のどが渇いたらこれを飲むようにしよう。・・・とその前にいわゆる賞味期限だが、生ものなので採取後冷蔵状態で5日、常温で2日くらいだそうだ。それこそ、裏山のシラカバさんに少し協力していただいて、仕事帰りにセットして朝その日の分をいただくというふうにすればいつでも新鮮に飲めるということなのだが・・・、今回はSさんにお世話になって来年こそは自分で(苦笑)!

・・・というわけでみなさんも是非お試しあれ~!今回の「オイラのひとり言」でした。
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by agtec | 2007-04-24 23:53 | ●オイラのひとり言
 今、おっきなプロジェクトの企画書を書いているんだけど、企画書つくりはこれ自分との戦いなのだ。ということで、事務所でも家でもパソコンを前にカタカタと書類をつくってるんだけどさ。で、集中するためにひとりっきりになる機会が多く、となると必然的に口数も少なくなっていく。そんなんで、風邪をひいていたせいもあるが、さびしいかな、最近あまりしゃべってないことに気が付いた。最近のオイラの口は食べるためだけの食道への入り口としての機能しか果たしていないような錯覚にさえ陥る。ま、昨日はお客さんがあって、お話はしたものの日本語でというよりはカタコトの英語だからね。このままでは日本語の文法まで忘れかねないような感じさえする今日このごろ。事務所にかかってくる電話に思わず「はい、アグ◎※▽*っです。」なんて噛んじゃったりしている中田です。
 
 というわけで、事務所でさえひとりしかいないもんだから、お話のしようがなく、ココロん中で企画の文章を校正しながら無言でパソコンに向かってカタカタとやっているわけで。いや~、人はやっぱりしゃべらないと口がむずむずしてくるもんだね。時々、念仏のように企画書を声出して読んでみたり、意味のないコトを口にしてみたり、声出して鼻歌歌ったり(端から見てると変かもしれない)。当然、相手がいないおしゃべりなので、ひとりでおしゃべりするには口にするコトバも限られてくる。と、また無言でパソコンをカタカタカタカタ・・・・・。そんな繰り返しでいよいよしゃべるコトバさえ出てこなくなると、口もともさびしくなってくるので、案の定、灰皿もいつのまにか山盛りになってしまっている。時折、脳の活性化と口の運動?にガムを噛んだり、まだ風邪も完治してないのでのど飴をなめてみたり・・・、とまーいろいろ口を動かしたりしながら無言でこー仕事をしてるわけなんだけど、自分で言うのもなんだけどね、ちょっと陰気くさいね、やっぱり。しゃべるってことは、呼吸以外に、こうカラダの中に溜まっているものを一気に吐き出したり、コトバを発することで脳に刺激を送ったりして、気持ちのバランスをとっているような感じがするよね。

 で、ひとりしかいない事務所で唯一お話のできるライフラインが電話なんだけどさ、事務所に電話がかかってくればいいものの、最近は殆どメールでのやりとりが多いでしょ。打ち合わせにしても、問い合わせにしてもさ。今日もメールで何件かの無言の打ち合わせもこなさせてもらったけどさ。さらにこの無言生活に追い討ちをかけてるのは、オイラはひとり暮らしなもんだから、家に帰ってもこれまたしゃべる機会がない。家でひとりでしゃべってても怪しいだけだ。幸いオイラの家には愛弟子の黒猫「チョッパー」がいるので、チョッパーに話かけることはできるが、チョッパーからの返事は当然「ニャ-」という猫語だ。話かけるといっても「ただいまー」とか「飯だぞー」とか、「こっちこい」とか「今日何してた?」とか「ホラ、マタタビだ」の数パターンくらいを使い分け。家での口数はそんなもんだ。あとは、晩酌の缶ビールを開けてゴクッって飲んだ最初の一言「プハーッ」くらい(しかも実はコトバじゃないし)。友人と一緒に食事に行ったり、電話かけたりすればいいものの、仕事柄帰りが遅くなったりするもんだから、これまた平日はタイミングが合わないのだ。だから決まって携帯もメールばっかりなんだな。
 
 と、いうわけで、メールだけでなく電話や生声も随時受け付けておりますので、お気軽に中田ヒロヤスまでご連絡ください。決していい意味での「無口な男」とは言えない「オイラのひとり言」でした。というこのブログの「ひとり言」でさえ実際にはしゃべってないし、パソコンの前でカタカタやっているだけだもんね。でも、集中するときってこんなもんだよね・・・。もう少しだ。しばらくはこの無言生活で頑張ろう。
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by agtec | 2007-04-18 21:31 | ●オイラのひとり言
 4月も早いものでもう半月。北海道も春の陽気に向かっているはずなんだけどさ、外を見ればなんと「雪」が降っている・・・。今日は事務所で足りない頭ひねりながら企画書を書いて机とニラメッコ。そんなんで、たま~に窓の外をボ~と眺めて「あ、今日は雪混じりの雨かぁ~」なんて思ってはいたんだけど、夕方になって明らかに「雪」に変わっていて帰るときには1センチくらい積もってた。ま、オイラの会社が山ん中ってこともあるのかもしれないけどね。近くにお住まいのみなさまのところはどうだったろうか。でもさ~、この前ようやく雨がダーッと降って「暦は春へ~♪」なんて思ってたら、まだまだこの雪だものね。こんな不安定な天気じゃ風邪ひくのも無理ないか、と自分の健康管理を季節の変わり目のセイにしてみたりするこの頃・・・みなさんは風邪なんかひいてませんか。というわけで、まだまだオイラの体調は完全に回復したわけじゃないんだけど、先週風邪のひきはじめの頃のちょっとおかしな?話でひとり言。
 
 先週、ご存知のとおりちょっと体調壊してしまってダル~い感じで週末は過ごしたわけなんだけどさ、実はちょうど体調が崩れはじめた頃、毎年商工会主催で町内の企業対象に行っている健康診断があってね。オイラの会社もここを使って健康診断やっていて、診断の予約をしていたわけ。何やるかって、レントゲンとって、脈測って、視力検査して、体重量ってとかよくあるじゃない。お勤め人ならみんなもやったことあると思うけどさ。
 しかし、その日に限ってオイラは前の日くらいからちょうど微熱と頭痛とでボ~としはじめのときで、キャンセルしたほうがいいのかなぁと思ったんだけど、「健康診断だからなんともない」とまわりに言われ、とりあえずマスクをして温かい格好してでかけた。ま、言われてみれば身体測定的なものは風邪ひいててもできるからね。ま、滞りなく診断は進み、途中、尿検査もあったんだけど、前の日に市販の薬飲んだり栄養ドリンク飲んだりしてるから、正確な測定できないんじゃないかなぁという心配はよそに、なんだかんだ検査を受けて、あっという間に最後の診断コーナーに着いた。いやいや早いねぇ。で、最後の診断は何かというと「診察」だ。ドクターが聴診器持って体調かなんか調べるんだけど、オイラはこの風邪かなって思っているものが実は違う大きな病気なのかもとか、ドキドキしながら順番を待っていた。
「ハイ、次ぎの方どーぞー」
「ハイ、服をめくってくださ~い」
(聴診中・・・)
「ハイ、なんともないですね。健康ですね。ハイ、次ぎの方どーぞー」
「・・・・」
と、あっという間に診察は終わった。「えーーっ」である。だって、健康じゃないのに「健康ですね」って・・・・。ま、内臓の動きを聴診するような診断なんだろうけどさ。今回のオイラは目もうつろで鼻水とクシャミもしてマスクもしてぼーとしてたんだから、もうちょっと、なんか言ってよーと思ってしまった。明らかに体調崩しているオイラに健康ですって言われたちょっと不本意な健康診断での「オイラのひとり言」でした。
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by agtec | 2007-04-16 22:34 | ●オイラのひとり言