自分の心の火が揺らついているとそれを整え直すのに「他」の「火」にあたりにいきたくなるもの。民俗学では「旅」を「他火」と書くそうだ。そんな「他」の「火」にあたりながら考察する「夢多(ムダ)」の多い日誌。


by agtec
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たまにはフォークソングも唄いたくなるのさ(第1回)

※読む前に注意
今回の「ひとり言」は少し長いかもしれないけどGW暇で物好きな方はお付き合い下さい。

GWとはいうもののオイラといえば・・・と、いつものマクラ文 
 昨日から突入した大型連休(GW)。今年の暦はいい具合に連休がつながり4月28日から5月6日まで9連休のところもあるようだ。ま、オイラも暦通りの休みではあるものの、たまっている仕事もあって、こういった休みの日を利用して残業をするような悪循環なことをしてしまっているのだが、如何せんひとりもんのオイラにしてみれば、行楽に行くようなお相手もいなければ家でボーッとしているよりは、むしろ少しでもやれることはやっておこうとこう自分にいいきかせながら、心身ともに有意義な休みだったという口実をつけているような気にもなってしまうのだが・・・、おっと、こんなオイラの痴話を書こうと思ったわけではない。

いろんな意義を持っているGW
 GWといえば、昭和60年に5月4日が「国民の休日」として祝日になったことをうけ(今年から5月4日は「みどりの日」)、これまで飛び飛びの休みがコトバ通りの連休となり、この時期を利用しては泊りがけの旅行をはじめ海外旅行さえもはや一般的になってきたのではないだろうか。また、学生や子供たちにとってみれば、お盆や正月同様「帰省」としての意味合いも多いかと思う。
 学生時代のオイラは、出身は栃木だけど大学が北海道だったものだから、帰省する余裕もあったんだけど、むしろ北海道を楽しむほうに重きをおいていた。また、社会人になってからは、以前勤めていた出版社では新人は約2ヶ月に渡り長野の山奥にこもり職員研修を受けるのだが、4月に入社してほぼ1ヶ月たったこの時期は、このGWを利用して一斉に休暇として開放された。全国あちこちからの採用だったので、当然実家に帰省する同期も多くオイラもそのひとりだった。結構厳しい職員研修で研修中退職を考えていた同期も少なく、帰省の際の合言葉は「絶対戻ってこような」だったことを記憶している。しかし、初任給ももらってのこの休暇。まさに地獄のような研修のあとのこの休暇はお給料ももらってまさに開放とはこのことかとも思ってしまった(もう1ヶ月地獄の研修は続くんだけどね)。
 で、上司の言う休暇の大義名分は「異業種交流をしてこい」だった。つまり、当時オイラたちは社会人1年生。世の中にはいろんな職業があるが、なぜこの出版社に入ったのか、他の人間はどういう仕事をしているのか、どういったものが社会なのかなど、要はそういった意味でひろく友人や知人にどんどん会ってこいというものなんだけど、結局オイラは4年間勤めて今の仕事に落ち着いているわけだが、残念ながらこのコトバの意味がわかったのは、退職したあとだった。今になって尚世の中はひろいと改めて痛感している。

うまくできている?日本の暦
 日本的ともいうのかこのGWは面白い。新年度は4月から、いろんな不安や期待を胸に新しい1年がはじまる。農業でもこの4月は種まきなど今年の作柄を決める重要な月でもあるし、春作業が起動にのっていく時期でもある。この連休というのは、そういった不安や期待をもう一度見直したり、考え直したりする、いわばものごとに対し一呼吸する時期なのかもしれない。必然なのか偶然なのか、うまく日本の暦は出来ている。
 しかし、逆にいえばこの時期をどう使うかによって「五月病」という魔物も潜んでいることも忘れてはいけない。実際、前職の出版社時代にもGW明けに帰ってこなかった同期がそのまま退職したり、新しい環境にうまく溶け込めなかったりしてうつ的になってしまったものなど、同期に限らずほかの友人や知人、そして今の仕事でも仕事仲間や取引先の仕事仲間にも見られる。気をつけていただきたい。

最近のオイラの休みにやるのは家でも職場でも似たようなもん
 このようにこの時期あちこち行楽に出かける人もいれば、もちろん家でのんびり過ごす人もいる。というオイラは後者だ。しかも家ではなく職場でのんびり残業って感じか。 
 といっても、休みの日を利用して決めていることもある。引越しの荷物整理だ。3月に引越してからいまだに部屋の整理もままならなく時間のあるときを見計らっては積みっぱなしのダンボールの中身を少しずつ整理している「つもり」だ。今日もそんなんでいっちょやるかーと思ってダンボールの整理をしていると、たまたま「昭和の歌謡曲」という楽譜集が出てきた。
 オイラはギター弾いたりするんだけど、大人うけする曲も弾けたほうがいいなぁと思って昔購入した楽譜集だ。今でいえばいわゆる「なつメロ」みたいな感じかもしれないけど、ジャンルで言えば「フォークソング」と言われる曲が多い。掲載アーティストには「アリス」とか「海援隊」とか「かぐや姫」、「井上陽水」「中島みゆき」とか「チューリップ」とか・・・一度はみんなも聞いたことがある代表曲がおさめられている。おもむろに整理をやめてギター片手に唄ってしまい、気が付けば今日ももう夜更けになってしまった。ちょっと夢中になりすぎた。

今日は「昭和の日」 
 掲載されている曲は時代で言えば’60年代から’70年代の曲が多いのに気が付いた。ちょうど東京オリンピック~大阪万博~オイルショックといった時代背景があり、先日亡くなった故植木等氏のようなコメディアンが現れたように、余勢はいわゆる高度経済成長期でもあった。このように、「昭和」といえば、近代ではこのような復興のイメージが多いように思われる。
 しかし、昭和という時代は日本の元号の中では最も長い64年という年数(1926年~1989年)で、日中戦争、太平洋戦争と2度の大戦と戦前と戦後の国家の主権の所在や、戦争放棄や経済的・文化的において「世界の中のニッポン」の位置付けを明確にしてきた躍動の時代でもあった。
 国土や人命を破壊するような戦乱と戦後復興はこれまでの日本の有史以来類まれない時代でもあり、この激動の時代を顧みようと2005年の改正祝日法で、旧「みどりの日」であった「昭和天皇誕生日」の4月29日を「昭和の日」とし、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」と祝日法は定義と趣旨を述べている。

「昭和の日」こそもっと平和について考える日にしたらいかが
 改めて「昭和の日」というものを考えると、確かに激動で躍動の時代ではあったが、「昭和天皇」をしのびたいような感が否めない。驚いたことに、「昭和の日普及委員会」という組織もあるようで(以前は昭和の日推進団体だったようだが)なんか昭和昭和しているような・・・。その団体がつくるHPをのぞくと、「昭和のヒーロー思い出エピソード募集」という企画があり、昭和というものを何か美化しようとしてそうであくまでオイラ個人的だが気味悪くも思う。そういえば最近映画でも「3丁目の夕日」とか「東京タワー」とか、「古き良き時代」だかなんだかいって回想的な映画も多い気がする。
 一方「美しい国」だとかなんとか言っているアべさんは、「戦後レジームからの脱却」だかなんだか、レジームなんだかラジウムなんだか分からないけど憲法改正に力を入れているよう。憲法改正の手続き準備である国民投票法案も国会を通って、今の日本のトップの人は戦後の治安体制や軍事体制については今の時代においてはどうやら大きく間違っていた見解があるという。しかし、「昭和の日」として、激動と躍動の時代を顧みるということであれば、もっと戦中に重きをおき、悲惨なことを繰り返さないというようなことを真剣にもっと考え世界に訴えていくべきだと思うけどね。まさに昭和とともに歩んでこられたオイラたちの先輩ももうかなり高年齢になっておられる。もっと耳を傾けてほしいと思う。
 この「昭和の日」もGWの一部としてただの休みの日の意識も少なくはないが、こんなことを考えてみてもいいんじゃないかなと思う「オイラのひとり言」でした。  

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 と、まぁズルズルと書いてきたが、休みだからといってどこにも行くあてもないので、それこそこのGWとなっている祝日は「昭和の日」だったり、「憲法記念日」だったりと今政治的に話題になっていることもあったりするわけで、これにちなんでみなさんには退屈な文章かもしれませんが、こんな感じのことでも何回か書いてみましょうか。ねっ。ということで、次回は「昭和の日」の続き的な意味合いで昭和躍進の原動力「団塊世代」についてです。(つづく)・・・尚、全3回シリーズでお届けします。

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by agtec | 2007-04-29 23:55 | ●オイラのひとり言