自分の心の火が揺らついているとそれを整え直すのに「他」の「火」にあたりにいきたくなるもの。民俗学では「旅」を「他火」と書くそうだ。そんな「他」の「火」にあたりながら考察する「夢多(ムダ)」の多い日誌。


by agtec
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受け入れ体制ができてないのに!

 いま、とある町の町づくり事業に微力ながら関わらせてもらっているんだけど、ま、いわゆる体験交流的なものでその町でしかできない体験を観光資源化して人を呼び込もうというよくある事業である。というオイラの会社もこのような体験型観光の推進とそのコーディネート業務等をしているんだけどさ。ま、オイラのような会社がこの世に存在していられるのも、「地域振興」や「マチづくり」において「体験」とか「地域資源活用」とかというキーワードをなくしては語れないほど今やもう当たり前のように観光開発のひとつになってきているということもあるんだけどさ。でも、むしろ逆にそのキーワードだけがひとり歩きして本質的なものが見えずらくなっている懸念もあるけどね・・・。ま、自分で自分の仕事を戒めるつもりはないんだけどさ。でもね、いま行っているその町のマチづくりにおいてはどうやらそんな感じかもしれない。外部の講師を呼んで、その講師のアイディアを具現化しツアーを組むよう形で企画が進んでいるんだけどね、いや、進んでいるようにみえているだけかもしれないが、客観的にその手法を見てて思うんだけど、このマチはこれがあるからコレを活かそう、コレも組み入れようといろんなアイディアは当然出てくるんだけど、いかんせんアイディアはアイディアで終わってしまっているような感があるんだよね。このような地域資源発掘的なものはよその人間の目が必要だということは間違いないんだけど、今回はなぜかただ単に当人にとってのモノ珍しさだけのような気もしてならない。アイディアはあくまでアイディアであってそれをどう活かすかという企画、つまり企てが見えないんだよなぁ。逆に、受け入れ側とすれば、普段気付かなかったものが地域振興の資源として見直すとか、それを活用してお客さんに来て欲しいとか、「やってみなければ分からない!」という精神的なものは働くけど、最終的な目標というか着地点は、地域振興、つまり地域の経済効果を産むということが重要だ。今回はその目標に向かうべくために外の力を借りようということで動いてきているんだけど、外のお偉いさんのきれい事をただ並べただけで企てきれていない感が強いんだよなぁ、どうも。つまり、地域のいいところとかそういったものがあったとしても、それをうまくつなげてリアルな地域振興になるべき受け入れ体制的なものがまったくできていないんだ。
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 このような地域資源の発掘を行い観光資源化しツアー等を組むとなった場合、最後のツメはやっぱり地域振興につながるノウハウってもんが必要になってくる。受け入れ窓口はどこ?清算方法は?移動手段は?そしてお客さんにとって最大のテーマであるこのマチに来たことの意味をどう伝えるか?さらに受け入れ側にとっては地域が課題としていることに答えられているのか?等、・・・どうやら決まってないみたい。それこそアグリテックでってことにもなるけど、今回オイラたちは本業であるコーディネート業務のノウハウを出すようなことにはなっていないので、客観的に意見を述べる程度しかしてないんだけどさ。このように地域にあるものを活用し点と点を結んで面にするような取り組みを行う際には、確固とした受け入れ体制を確立しておくことが重要で、さらに、最後の詰めをするためのノウハウが必要になってくる。それこそそのノウハウを持っているのは地元に暮らしている人(経験者)に勝るものはない。「人を呼んできます」とか「これを活かせば人は来る」なんて口で言うのは簡単で、営業的なノウハウよりむしろ、外部の偉い人にマチづくりのノウハウを求めるのであれば、もっとリアリティな面で継続的に受け入れのできる体制づくりや運営のノウハウを教えてほしいものだといつもいつも思ってしまう。と、ちょっとコラム的には不適切だが、いかんせん受け入れ体制も不完全な状態で人をもう連れてくるというような話になっているようなので、どうしたもんだろと思って愚痴っぽくズルズルと書き込んでしまった「体験観光コラム」でした。
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by agtec | 2007-02-07 22:16 | ●体験観光レポート